書籍紹介「老いの失敗学」畑村洋太郎 著
「老いの失敗学」
畑村洋太郎 著 ISBN978-4-02-295251-6
失敗は、すでに経験したものでも不注意などによっても起こりますが、多くは未知の問題に対処するときに起こります。そして、老いもまた、それぞれの人にとって初めて経験する未知の問題です。そこで、失敗学の大家である著者は失敗学の知見を老いの問題への対処にも活かせるのではないかと考えました。
1.「老い」と「失敗」の共通点
両者の共通点は、人が生きて活動をしているかぎり、完全に避けることが不可能であることと、当人が望んでいないということです。また、両者には客観視に加えて、主観視が必要であるだけではなく、「局所最適・全体最悪」になる可能性が潜んでます。
2.「悪い老い」に気をつける
悪い老い方の象徴としてすぐに浮かぶのは「老害」です。老害の人の特徴としては、
(1)自分の思いは正しく、他人の意見は誤っている。
(2)自尊心が高く、我がままで、沸点が低くて怒りっぽい。
(3)自分のが価値観をまわりに押しつける。
(4)人の話を聞かず、自分のことだけ話したがる上に、話が長くてくどい。
(5)ふだんは尊大なくせに、困ったときだけ弱い高齢者のふりをする。
以上のような「老害」があると、失敗学と同様にコミュニケーションの第一歩となる共通理解がないので、相手と上手にやり取りすることはできません。よって、意識して「老害」の逆のことをすればうまくいきます。
3.「老い方」は人ぞれぞれ
長く生きているといろいろと衰えが徐々に見られますが、個人差があります。現実を見つめることから始め、その人なりの老いの状態を見極めます。そして、まわりの助力を得たり器具を使用し、自分にとって快適な状況をつくることが大切です。
著者自身に生じた老いの問題を身体機能、記憶力、思考力の3つに分類しています。
(1)身体機能
顕著なのは聴力と筋力の低下で、具体的には加齢性難聴と歩行速度の低下・歩幅の縮小と転倒
(2)記憶力
物や人の名前が出てこない、書きたい漢字が書けないなど
(3)思考力
思い込み、思い違い、並列処理能力低下による忘れ物とやりっぱなしが増え、物を探す時間が増加する。
4.終わりから考える(結果→原因)
老いの問題への対処には自分の身に起こりやすいこと、起こっては困ることを想定する。そして、そのときの被害を最小にするための備えをし、起こったときの対処方法をあらかじめ確認しておくこと。実際に問題が生じたら、対処に費やすエネルギーを最小にすることで、周囲も継続して介護などの支援も可能となります。但し「正確は一つ」でない事を肝に銘じることです。
83歳になった「失敗学の大家」がやっている「老い」に振り回されない生き方!!
2024年10月17日 9:07 カテゴリー:書籍紹介
書籍紹介「疲労とはなにか」近藤一博 著
「疲労とはなにか」
近藤一博 著 ISBN978-4-06-534385-2
前回に引き続き、今回は「病的疲労」です。
Ⅱ 病的疲労
病的疲労は生理的疲労とは異なり、脳内炎症が起こっています。代表的な疾患としては、慢性疲労症候群、うつ病、そして新型コロナ後遺症があります。
1.慢性疲労症候群
(1)強い疲労感が数ヶ月から数年といった長期間持続します。
(2)唾液中でHHV-6の再活性化がみられません。
(3)軽い労作(仕事や運動)やストレスのあと、数時間~48時間後に急激に強い倦怠感が発生します(労作後倦怠感)。
(4)原因はウイルスである可能性が高いが、どのウイルスが関係しているかはよくわかりません。
2.うつ病
(1)3大症状としては、「抑うつ気分」「喜びの消失」とともに「疲労感」があります。
(2)原因としては心因説、モノアミン仮説(セロトニン仮説)などもありますが、脳内炎症説が最有力です。
(3)著者らは、原因とみられる遺伝子「SITH-1」(シスワン)を発見しました。
(4)SITH-1は、HHV-6が宿主の嗅球のアストロサイトに潜伏感染しているときに発現します。
(5)素因であるSITH-1に環境因の疲労が加わると、SITH-1に対する抗体が細胞内カルシウムを増加させ、嗅球のアストロサイトにアポトーシスを起こし、うつ症状が生じます。
3.新型コロナ後遺症
(1)主な症状としては「倦怠感」「うつ症状」「ブレインフォグ」があります。
(2)脳内の炎症が原因と考えられます。
(3)新型コロナウイルスはヒトの脳では増殖しません。
(4)SITH-1に似たS1タンパク質(新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の一部)が、細胞内カルシウムを増加させ、嗅球でアポトーシスを起こし、脳内炎症が起こります。
(5)S1タンパク質が脳内炎症を起こすのは、アセチルコリンの不足による、コリン作動性抗炎症経路(いわば消火器)が阻害されるからです。
(6)さらに、新型コロナウイルスはHHV-6を再活性化し、SITH-1を発現します。
(7)これにより、嗅球の障害とアセチルコリンの低下が継続し、後遺症が長期化します。
(8)脳内炎症のもととなる火種は、体内からの炎症性サイトカインです。
(9)治療薬として臨床治験中のドネペジル(アリセプト)が期待されます。
「お疲れさま」の国で生まれたノーベル賞級の新研究!
うつ病も、新型コロナ後遺症も疲労とウイルスの問題だった!
2024年10月3日 9:08 カテゴリー:書籍紹介
書籍紹介「疲労とはなにか」近藤一博 著
「疲労とはなにか」
近藤一博 著 ISBN978-4-06-534385-2
疲労には、仕事や運動で発生して1日休めば回復するような「生理的疲労」と何カ月も続き、少々休んだくらいでは回復しない「病的疲労」があります。著者は、この両者ともウイルスに由来していると主張しています。なお、今回は「生理的疲労」を、次回で「病的疲労」を取り扱います。
Ⅰ 生理的疲労
疲れたという感覚が「疲労感」(休養の願望)で、その原因となる「体の障害や機能低下」が疲労です。それぞれのプロセスは以下の通りです。
1.疲労感と疲労
(1)疲労感
労働や運動などの負荷→eIF2α(真核生物翻訳開始因子)のリン酸化→タンパク質の合成阻害・HHV-6の再活性化→バイパス経路によるATF4タンパク質の合成→炎症性サイトカインの脳への伝達→疲労感
(2)疲労
バイパス経路によるATF4タンパク質の合成→ATF3タンパク質の合成→細胞のアポトーシス→疲労
2.疲労の測定
(1)HHV-6の特定
ヒトに感染するヘルペスウイルスの中で6番目に発見されたウイルス。ほぼすべての赤ちゃんが親や兄弟から感染し、突発性発疹(高熱)を起こしたあと、ほぼ100%体内で、一生涯、潜伏感染を続けます。
(2)再活性化
HHV-6はeIF2αのリン酸化によって再活性化し、他の宿主に移動するために唾液中を移動します。
(3)測定
放出されたHHV-6の量を測定することで疲労度が測定可能です。
3.疲労感の落とし穴
(1)ストレスが疲労感を抑制する
この見出しを見て違和感を覚える人は多いと思いますが、真相は以下の通りです。
・HPA軸(視床下部-下垂体-副腎)により産生される副腎皮質ホルモン(コルチゾール)は、炎症性サイトカインの産生を抑制するので「疲労感」を弱めます。
・これらの反応に並行して、視床下部は交感神経を刺激し、交感神経の末端や副腎髄質からアドレナリンやノルアドレナリンを放出し、「疲労感」を抑制します。
・しかし、この状態は、「疲労感」を抑制するだけで、「疲労」すなわちeIF2αのリン酸化による細胞障害は蓄積され、過労死などの原因となります。
・また、ストレス応答の「反応期」「抵抗期」につづく「疲憊期」ではHPA軸の細胞は疲れ、副腎皮質ホルモンが分泌されなくなり、炎症性サイトカイン濃度がさらに上昇します。
(2)ドリンク剤が疲労感を抑制する
・含有する抗酸化成分は酸化ストレスを抑制することが期待されます。
・マウスによる実験では、肝臓のeIF2αのリン酸化は抑制(炎症性サイトカインの抑制)され、脳は「疲れていない」と判断しました。
・しかし、肝臓以外の組織ではeIF2αのリン酸化は全く抑制されず、突然死を招く可能性があります(命の前借り)。
(3)疲労感のマスク
・疲労感は好きでやっているのか、嫌々やっているかが重要な要素となります。
・好きでやっていると「疲労感がマスク」されて、心身の疲労に気づかず無理をして心筋梗塞や脳卒中などで急死する危険性があります。
4.疲労回復の方法
生理的疲労のもとはeIF2αのリン酸化ですので、eIF2αをリン酸化させないのが最も根本的な方法になります。
(1)ビタミンB1の継続的摂取(不足すると回復力が低下)
豊富に含まれる食材は肉と小麦、より具体的には豚肉の赤身、うなぎ、たらこ、全粒粉パン、ごま、えんどう豆など。なお、飲酒量の多い人ほどビタミンB1は不足します。
(2)以下の栄養成分の摂取
・玄米に含まれるガンマ・オリザノール
・タマネギやリンゴに多く含まれるケルセチン
・マスやカツオの筋肉、鶏の胸肉に多いアンセリン
(3)軽い運動
エアロバイクを無理のないペースで毎日1時間程度こぐなどの軽い運動
5.生理的疲労が病的疲労に移行
(1)生理的疲労が過度に強くなると、病的疲労に移行することがあります。
(2)いずれの疲労かの判断は唾液中のHHV-6を測定して値が多ければ生理的疲労、少なければ病的疲労を疑うべきです。
2024年9月19日 9:03 カテゴリー:書籍紹介